そもそも、私が北海道の先住民・アイヌに興味を持つようになったのは
妖怪の名前がきっかけだった。
私は、オバケ・・・とりわけ妖怪が大好きで、暇があると、妖怪のこと
を調べては喜んでいるような人間なのだが、妖怪の本などを読んでいる
と、アイヌの妖怪の名前が沢山出て来ることに気がついて、いたく興味
をもつようになった。
興味を持ち出すと、止まらない私。
アイヌの神話の本を読み、神謡集に浸り、アイヌ語辞典まで買って、
どっぷりアイヌづけになってしまった。
そんな、ある日。
用事があって、母と電話をしている時に、「最近はアイヌに凝っていて
ねぇ」という話をすると、母が「まぁ、血は争えないわねぇ」と嘆息
した。
何のことだろうと思い、よくよく尋ねてみると、なんと、母の父方の
祖父、つまり私の曽祖父がアイヌだったというではないか。
母は、父方の親戚とは縁が薄いので、今まで忘れていたが、私の話を
聞いて、急に思い出したのだそうだ。
それを聞いて、私はびっくりするというよりも、嬉しくなってしまった。
子供の頃から、アイヌの小人・コロポックルの話が好きだったのも、
アイヌの妖怪の名前に心惹かれたのも、ただの偶然ではないのかも
しれない。
もしかしたら、私の中に流れる血が、その響きを懐かしんだのかも
しれない。
自然と、そこに息づく神々に祈りを捧げてきたアイヌの人々の末裔で
あることを、私は誇らしく思った。
だから、私はアイヌの文化や言葉を、ことさら大切に思っている。
「マウ」という言葉を選んだのも、そういう理由があってのことなのだ。
私とアイヌ
posted by 和泉 at 19:16
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| 日記
訪ねて来た友人
最近、占いから話がそれておりますが、本日の日記は更に話が
それて、ちょっぴり怪談めいた話でございます。
苦手な方は・・・ご容赦下さい。
大学1年生の夏に、がんちゃんという友人を海で亡くした。
がんちゃんは、実に人当たりの良い、優しげな好青年で、誰
からも好かれていた。
そのがんちゃんの突然の訃報に、私は悲しみよりも、ただ呆然
としてしまった。
仲間と、彼の実家のある新潟県高田市での葬儀に参列すること
になった私は、すぐさま集合場所である熊谷行きの電車に飛び
乗った。
やっと涙が出てきたのは、その車中でのことである。
上野から熊谷までの1時間、涙はとめどもなくポロポロとこぼ
れ続けた。
そして、葬儀からしばらく経ったある日のこと、私は印象深い
夢を見た。
がんちゃんが暮らしていた下宿の部屋で、一緒に彼の葬儀に
行った6人でしみじみ飲んでいると、ひょっこりがんちゃんが
やって来た。
がんちゃんは生前と変わらぬ様子で、楽しそうに酒を飲み、皆
と一緒になってはしゃいでいた。
ところが、しばらくすると、がんちゃんは急に真顔になって、
「もう、皆とは会えなくなっちゃうんだけど、皆ありがとね」
と言って、スッと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
なんだか、本当のお別れのような気がして、私は無性に悲しく
なった。
こんな妙に現実感のある夢だったので、夢に出て来たメンバー
にその話をしてみると、不思議なことに、皆一様に似たような
夢を見ていた。
もしや、と思ってカレンダーを調べると、果たして、49日の
あけた日であった。
どうやら、がんちゃんは夢を通じて、最後のお別れに来てくれ
たらしい。
こういうことは、本当にあるのである。
・・・ところが、ぎっちょん。
話はこれだけでは終わらなかったのである。
(最近、引っ張るな)
それて、ちょっぴり怪談めいた話でございます。
苦手な方は・・・ご容赦下さい。
大学1年生の夏に、がんちゃんという友人を海で亡くした。
がんちゃんは、実に人当たりの良い、優しげな好青年で、誰
からも好かれていた。
そのがんちゃんの突然の訃報に、私は悲しみよりも、ただ呆然
としてしまった。
仲間と、彼の実家のある新潟県高田市での葬儀に参列すること
になった私は、すぐさま集合場所である熊谷行きの電車に飛び
乗った。
やっと涙が出てきたのは、その車中でのことである。
上野から熊谷までの1時間、涙はとめどもなくポロポロとこぼ
れ続けた。
そして、葬儀からしばらく経ったある日のこと、私は印象深い
夢を見た。
がんちゃんが暮らしていた下宿の部屋で、一緒に彼の葬儀に
行った6人でしみじみ飲んでいると、ひょっこりがんちゃんが
やって来た。
がんちゃんは生前と変わらぬ様子で、楽しそうに酒を飲み、皆
と一緒になってはしゃいでいた。
ところが、しばらくすると、がんちゃんは急に真顔になって、
「もう、皆とは会えなくなっちゃうんだけど、皆ありがとね」
と言って、スッと立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
なんだか、本当のお別れのような気がして、私は無性に悲しく
なった。
こんな妙に現実感のある夢だったので、夢に出て来たメンバー
にその話をしてみると、不思議なことに、皆一様に似たような
夢を見ていた。
もしや、と思ってカレンダーを調べると、果たして、49日の
あけた日であった。
どうやら、がんちゃんは夢を通じて、最後のお別れに来てくれ
たらしい。
こういうことは、本当にあるのである。
・・・ところが、ぎっちょん。
話はこれだけでは終わらなかったのである。
(最近、引っ張るな)
posted by 和泉 at 23:20
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| 日記
繰り返される話
今回の日記は、前回の続きです。
またまた、怪談風味なので、苦手な方は、ご容赦!
がんちゃんが夢で訪ねて来てくれた話は、ちょっと切なくて、
心温まる話だったので、私は大学在学中の4年間、ことある
ごとにその話を語って聞かせていた。
ところが、そのうち、私は奇妙なことに気がついた。
私ががんちゃんの話をするのは、決まって彼が亡くなった8月。
それも、なんとはなしに、そういう状況ができていて、ほとん
ど無意識のうちに話しているのだった。
それは、大学を卒業して、就職してからも続いた。
ある年、「さすがに今年は話すこともないだろう」と、どちら
かというと、意地でも話さないぞという気持ちで、半ば身構え
ていたら、たまたまとった電話のお客様の住所が新潟県高田市
だったので、私は肝を冷やした。
高田は、がんちゃんの故郷である。
しかも、町名まで一致していた。
私は、そこでやっと「これは、彼からのメッセージなのか?」
と思うようになった。
そんな訳で、かれこれ10年以上、私はがんちゃんの話をし続け
ていることになる。
私とがんちゃんは特別な間柄でも何でもなかったので、何で
ここまでご縁があるのかはわからないが、これも供養だと思っ
て、思い出しては話をしている。
たぶん、学生時代、落語をやっていて、口が達者なところを
見込まれたのだろう。
というわけで、今年もまた、8月にこの話をしているのである。
満足かい?がんちゃん。
またまた、怪談風味なので、苦手な方は、ご容赦!
がんちゃんが夢で訪ねて来てくれた話は、ちょっと切なくて、
心温まる話だったので、私は大学在学中の4年間、ことある
ごとにその話を語って聞かせていた。
ところが、そのうち、私は奇妙なことに気がついた。
私ががんちゃんの話をするのは、決まって彼が亡くなった8月。
それも、なんとはなしに、そういう状況ができていて、ほとん
ど無意識のうちに話しているのだった。
それは、大学を卒業して、就職してからも続いた。
ある年、「さすがに今年は話すこともないだろう」と、どちら
かというと、意地でも話さないぞという気持ちで、半ば身構え
ていたら、たまたまとった電話のお客様の住所が新潟県高田市
だったので、私は肝を冷やした。
高田は、がんちゃんの故郷である。
しかも、町名まで一致していた。
私は、そこでやっと「これは、彼からのメッセージなのか?」
と思うようになった。
そんな訳で、かれこれ10年以上、私はがんちゃんの話をし続け
ていることになる。
私とがんちゃんは特別な間柄でも何でもなかったので、何で
ここまでご縁があるのかはわからないが、これも供養だと思っ
て、思い出しては話をしている。
たぶん、学生時代、落語をやっていて、口が達者なところを
見込まれたのだろう。
というわけで、今年もまた、8月にこの話をしているのである。
満足かい?がんちゃん。
posted by 和泉 at 22:33
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| 日記
亀が病気なのです
アイヌ話の続きを書こうと思っていたのですが、心配事とお詫びが
ありますので、亀の話をちょっと。
7月に迎えた、我が家の家族・亀の河童が、8月に入ってエサを全然
食べなくなり、入院してしまいました。
既に入院して2週間が経過しています。
肺炎という診断を受けています。
亀の肺炎は治る確率が低く、うちの河童はまだへその緒の跡も消えて
いないような赤ちゃん亀なので、とても厳しい状況です。
1度、元気を取り戻した時もあったのですが、また、かなり悪くなって
しまいました。
とても親切な先生が、全力で治療にあたって下さっています。
周囲の友人達からも、励ましや応援のメッセージを沢山貰っています。
感謝しても、しきれない程です。
だから、必ず元気になって帰って来て欲しい。
私も毎日、祈り続けています。
あまりに心配で、占いができなくなってしまった日が2日程あり
ました。
ご連絡が遅くなり、ご迷惑をおかけした皆様には、お詫び申し上げ
ます。すみませんでした。
まだ、心配ではありますが、占いはちゃんとできておりますので、
ご安心下さい。
ありますので、亀の話をちょっと。
7月に迎えた、我が家の家族・亀の河童が、8月に入ってエサを全然
食べなくなり、入院してしまいました。
既に入院して2週間が経過しています。
肺炎という診断を受けています。
亀の肺炎は治る確率が低く、うちの河童はまだへその緒の跡も消えて
いないような赤ちゃん亀なので、とても厳しい状況です。
1度、元気を取り戻した時もあったのですが、また、かなり悪くなって
しまいました。
とても親切な先生が、全力で治療にあたって下さっています。
周囲の友人達からも、励ましや応援のメッセージを沢山貰っています。
感謝しても、しきれない程です。
だから、必ず元気になって帰って来て欲しい。
私も毎日、祈り続けています。
あまりに心配で、占いができなくなってしまった日が2日程あり
ました。
ご連絡が遅くなり、ご迷惑をおかけした皆様には、お詫び申し上げ
ます。すみませんでした。
まだ、心配ではありますが、占いはちゃんとできておりますので、
ご安心下さい。
posted by 和泉 at 00:04
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| 日記
ありがとう
我が家の大切な家族、亀の河童が、今朝方、天に召されました。
主治医の先生も、懸命に治療をして下さいました。
皆さんからも、沢山の応援と祈りを頂きました。
河童は、幸せな亀でした。
みなさん、ありがとうございました。
我が家に来てくれて、そして小さな小さな体で、一生懸命病気と
闘ってくれた河童にも「ありがとう」と言ってあげたい。
私は、君にどれだけ癒されたことか、わかりません。
ありがとう、本当に、ありがとう。
今日は、とても悲しい日になってしまったけれど、明日からは、
また前を向いて歩いて行きます。
2007年8月27日 和泉
主治医の先生も、懸命に治療をして下さいました。
皆さんからも、沢山の応援と祈りを頂きました。
河童は、幸せな亀でした。
みなさん、ありがとうございました。
我が家に来てくれて、そして小さな小さな体で、一生懸命病気と
闘ってくれた河童にも「ありがとう」と言ってあげたい。
私は、君にどれだけ癒されたことか、わかりません。
ありがとう、本当に、ありがとう。
今日は、とても悲しい日になってしまったけれど、明日からは、
また前を向いて歩いて行きます。
2007年8月27日 和泉
posted by 和泉 at 23:02
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| 日記