自分と他人は違うということ

人づきあいの最初の一歩は、自分と他人が違うということを、正しく
認識するところから始まると言っても、過言ではないと思います。

人に傷つけられた、とすぐに思ってしまう人は、ここでつまづいている
のではないでしょうか。
自分がこう思っているのだから、こういう反応が返ってくるのが当然と
思っていたのに、期待していたのとは違う反応が返ってきたことに、
傷ついてしまうのです。

でも、自分と相手が全く同じ考えを持っているなんてことは、本当に稀
なことです。
自分と他人は、考えが違って当たり前。
物事一つとっても、受け取り方は千差万別です。
それは、友達同士だけでなく、恋人同士でも、夫婦でも、家族でも同じ
ことです。

自分のことを誰も理解してくれないと悲観的になっている人は、自分の
期待通りに相手が応えてくれないことが不満なのでしょう。
でも、ちょっと考えてみて下さい。
それは、ずいぶんエゴイスティックな考え方とは言えないでしょうか。

そんな人こそ、自分と相手は違うのだということを、もう1度見つめ
直してみて欲しいと思います。
他人を自分の思い通りに変えることはできません。
気持ちの良い人間関係を築くには、自分がこう思ったからといって、
相手もそう思うとは限らないということを、きちんと知る必要があるの
です。
posted by 和泉 at 20:38 | Comment(0) | 日記

詩に夢中

割といつもマイブームのある私だが、最近のマイブームは、ヒトカラ
と串だんご、それから詩作である。
ヒトカラと串だんごについては、次回に機会を譲るとして、今日は
詩作のことについて書いてみようと思う。

昔から詩は結構好きで、好きな詩人も多い。
中原中也を筆頭に、宮沢賢治、サトウハチロー、西條八十、東くん平
などなどなど・・・
でも、自分で詩をつくり始めたのは、ここ最近のことだ。
最初はオバケをテーマにした詩などを書いていたが、今では心に触れた
ものなら、なんでも詩に読み込むようになり、恥ずかしながら、恋愛詩
めいたものまで、ひねくり回している有様だ。

ところが、詩作などというものは、完全に自己完結の世界なので、自分
の書いたものが、面白いのか、面白くないのか、どうも判然としない。
しかし、類は友を呼ぶとは、よく言ったもので、詩を書いているという
話をしてみると、意外と周りには、詩をしたためているという仲間が
いた。

そんな中、そのうちの1人と、お互いの作品を批評しあう機会を得た。
彼女の作品を読んだ私は、思わず「恐れ入りました」という気持ちに
なった。
サトウハチローの素直な作風が好きで、童話のような、童謡のような
詩を好んで書いていた私のものとは、全然違う。
彼女の詩には、抉るようなシャープさと、大人の雰囲気が満ちていて、
とても深みがあった。
こういう歯軋りし、搾り出すような詩を書きたい!と、切に感じた
土曜日の午後であった。

良い作品に出会うと、とても大きな刺激を受ける。
その日から、また私は詩の虜である。
夜な夜なノートを広げては、詩作に耽っている。

書き始めたきっかけは、とてもひょんなことだったが、こういう友人
に恵まれて、私はとてもやる気になっている。
何かを生み出すエネルギーというものは、困難も伴うが、とても心地
良いものでもある。
posted by 和泉 at 23:46 | Comment(4) | 日記